目次

はじめに

多発性硬化症(MS)は、自己免疫疾患であり、免疫系が中枢神経系(脳や脊髄)の神経を攻撃することによって、炎症や神経の損傷が引き起こされます。MSでは、免疫系の異常な反応が原因となっているため、B細胞が重要な役割を果たしていると考えられています。

B細胞と多発性硬化症の関係

B細胞は、免疫系の一部であり、抗体を生成する役割を持つ細胞です。多発性硬化症の発症や進行には、B細胞が関与していることが分かってきています。具体的には、B細胞が自己免疫反応を引き起こすために、次のような働きをすることがあります:

抗体の生成: B細胞は自己の神経組織を攻撃する抗体(自己抗体)を生成することがあり、これが神経の損傷や炎症を引き起こします。(抗体の産生)

免疫反応の調整: B細胞は他の免疫細胞(T細胞やマクロファージなど)を活性化させることがあり、これが中枢神経系に対する攻撃を促進する場合があります。(自己抗原の提示


炎症反応の促進: B細胞はサイトカインという炎症性物質を分泌し、炎症反応を強化することがあります。(サイトカイン産生

B細胞ターゲット治療

これらの知見に基づき、B細胞をターゲットにした治療法が多発性硬化症の治療において注目されています。B細胞を減少させることで、免疫系の異常な反応を抑制し、炎症を軽減することを目的としています。代表的なB細胞をターゲットにした治療薬には以下のようなものがあります:

オファツムマブ(Ofatumumab)(商品名ケシンプタ): CD20をターゲットにするモノクローナル抗体で、再発寛解型多発性硬化症(RRMS)の治療に使用されます。B細胞を減少させ、炎症を抑えることが期待されます。

オクレリズマブは日本では未承認ですが、B細胞表面のCD20蛋白に結合し、B細胞を標的として破壊することで異常な免疫反応を抑制します。6ヶ月毎に点滴を行います。ケシンプタとは結合する蛋白のターゲットが異なり、直接リンパ節に到達します。


リツキシマブ(Rituximab): こちらもCD20をターゲットにした薬で、NMOSD(視神経脊髄炎)の治療に使用されることがあります。B細胞を減らすことによって、神経の損傷を防ぎ、症状の改善を目指します。6カ月ごとに2週間隔で2回の点滴薬です。日本では2022年に承認されました。

これらの治療法は、MSの進行を抑えるための新たなアプローチとして、特に再発寛解型のMSに効果を示しています。

ケシンプタの適応

ケシンプタは①再発寛解型MS(relapsing-remitting MS: RRMS)および疾患活動性を有する二次進行型MS(secondary progressive MS: SPMS)における再発予防及び身体的障害の進行抑制について適応を取得しています。

ケシンプタとPML(進行性多巣性白質脳症)

PML(進行性多巣性白質脳症)は、JCウイルス(John Cunninghamウイルス)によって引き起こされる稀で重篤な脳感染症です。フィンゴリモドやナタリズマブなどの多発性硬化症治療薬の副作用として知られています。髄液検査で抗JCV抗体が陽性になります。ナタリズマブは投与間隔を6-8週に延長することで発症率を低下させることができますが、これでもPMLリスクを回避しきれません。現在ケシンプタ関連のPMLの報告はみられていません。

B細胞療法のリスクと副作用

B細胞をターゲットにする治療には、免疫系が抑制されるため、感染症のリスクが高まることがあります。特に、細菌やウイルス感染に対する抵抗力が弱くなる可能性があり、治療中は慎重な監視が必要です。

ケシンプタは初回投与時の注射後全身反応として発熱が見られやすいですが、投与前の副腎皮質ステロイド投与、抗ヒスタミン剤や消炎鎮痛剤の予防的内服によって軽減できることが知られています。長期的には血清 IgM値の低下に注意が必要なものの、ケシンプタ関連のPMLの報告はなく、他の感染症のリスクも高いとは言えません。CD20抗体製剤において、ワクチン効果の減弱が 指摘されているため必要なワクチン接種は済ませてからの 導入が望ましいとされます。

HBV(B型肝炎ウイルス)再活性化リスク

HBV再活性化とは、過去にHBV感染した人(HBs抗原陰性、HBc抗体陽性)や慢性HBV感染者(HBs抗原陽性)が、免疫抑制療法を受けることで、ウイルスが再び活性化し、肝炎を引き起こすことを指します。
重症化すると劇症肝炎や肝不全につながる可能性があります。

ケシンプタ投与前に必要な検査

HBs抗原(HBsAg) → 陽性なら慢性HBV感染の可能性
HBc抗体(HBcAb) → 陽性なら過去の感染歴がある可能性
HBs抗体(HBsAb) → 陽性なら免疫あり(過去感染 or ワクチン接種歴)
HBV DNA検査(必要に応じて) → ウイルス量を測定し、活動性を評価

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投稿者

古田 夏海

群馬県高崎市「ふるた内科脳神経内科クリニック」で脳神経内科・内科の診療を行っています。

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