目次

はじめに

脊髄小脳変性症とは, 運動失調(主に小脳性運動失調)を主な症候とする神経変性疾患の総称です。 様々な病型が知られていますが、いまだに発症の原因が明らかになっていない病型も存在し、全体のうち 約1/3が遺伝性、 約2/3が孤発性といわれています。遺伝性の場合、多くは常染色体優性遺伝形式をとりますが、 常染色体劣性遺伝形式や、X連鎖性遺伝形式をとる型も存在します常染色体優性遺伝形式をとる型は、脊髄小脳失調症(spinocerebellar ataxia: SCA)と称され、発見された順に1型から名称がつけられています。ここでは遺伝性脊髄小脳変性症のうち、常染色体優性遺伝形式以外をとるタイプの疾患についてまとめます。

①常染色体劣性遺伝形式をとるもの

Friedreich失調症(FRDA)

25歳までに発症する下肢の腱反射消失を伴う慢性進行性の失調を中核症状とします。脊髄後索障害による体幹や四肢の失調で発症し、構音障害、筋力低下、Babinski徴候陽性を認めます。また脊椎の側弩や足変形(凹足)、心肥大(左室肥大)、糖尿病などを合併することを特徴としています。神経伝導検査では、感覚神経の異常(感覚神経活動電位の振幅低下・消失)を認めます。約25%の患者では25歳以降の高齢発症、腱反射が保たれる、きわめて進行が遅い、認知機能障害や小脳萎縮を伴うなど、非定型的な臨床像を呈することが知られています。

原因遺伝子は、第9染色体長腕のfrataxin(FXN)遺伝子の第1イントロン上のGAAリピートの異常伸長(正常6~34リピート、異常66~1700リピート)により発症します。本症のGAAリピート鎖長は発症年齢および重症度と逆相関しますが、世代間でのリピート鎖長は安定で表現促進現象は認められていません。GAAリピートの異常伸長は、長さ依存性にFXN遺伝子の転写を低下させ、蛋白発現量の低下による機能不全をきたします(伸長GAAリピートがヘアピン・triplex構造をとって転写を阻害し、その結果遺伝子産物の著しい減少→loss of function)。FRDAは強い創始者効果のために,欧米の白色人種では50,000人に1人と発症頻度が高いですが、我が国ではFXN遺伝了異常が確認されたFRDA症例の報告はありません。 フラタキシンはミトコンドリアでの鉄代謝に関与する蛋白で,その欠乏はミトコンドリア内の複数の呼吸鎖酵素に障害を及ぼし,酸化ストレスの増加を引き起こすことが報告されています。


VitE単独欠乏性失調症 ataxia with vitamin E deficiency (AVED)

脂肪吸収不全を伴わないビタミンE単独欠乏によるFRDA型のSCDとして、原因遺伝了としてVitE転送蛋白遺伝子であるαTTP(α-tocopherol transfer protein)遺伝子が同定されています(脂肪吸収不全がないのは、ビタミンAやDは吸収できるから)。学童期から10歳代に構音障害や失調性歩行で発症し、進行性の後索性運動失調と深部感覚障害、腱反射消失を特徴とします。頭部のふるえ(head titubation)もみられます。一 部の症例で網膜色素変性症、側弯症、凹足を認めます。頭部MRIで小脳・脳幹の萎縮は認めず、脊髄MRIで脊髄萎縮を認めます。FRDAと違い、神経伝導検査で感覚神経の振幅は少し落ちますが同定できることが多いです。
 αTTPは肝細胞の蛋白で、肝細胞においてビタミンEであるα-tocopherolをVLDLに取り込ま
せる反応を触媒します(引抜き蛋白)。VLDLは血中でLDLに変化し、LDL受容体を介して各組織に取り込まれます(腸→肝→末梢)。VitEの正常値は5-15μg/mlですが、軽度の低下では問題になりません。αTTPの機能喪失によりα-tocopherolの組織への運搬が障害され、ビタミンE欠乏症をきたします。αTTPは小脳にも多く分布します。ビタミンE補充は有効な治療法ですが、脳に行くVitEは1/5くらいなので大量にVitEを投与する必要があります。

AT:ataxia telangiectasia

毛細血管拡張性小脳失調症はATM(Ataxia-telangiectasia mutated)遺伝子の変異が原因で生じます。ATMはDNAの修復に関与しており、ATM遺伝子変異によりATM蛋白の機能喪失が生じ、細胞周期の制御異常やDNA修復不全が引き起こされると考えられています。血清AFP(α-fetoprotein)の高値も特徴的所見です。免疫グロブリンの減少(IgAの減少が有名)もみられます。

本症は、乳幼児期(1~5歳)に発症する慢性進行性の小脳性運動失調を中核症状とし、毛細血管拡張、眼球運動失行、免疫不全、白血病やリンパ腫などの悪性腫瘍の高頻度罹患(約15~30%)など多彩な症候を呈します。眼球結膜の毛細血管拡張は特徴的所見ですが、半数では6歳以降に出現します病理学的には小脳Purkinje細胞・穎粒細胞の細胞脱落・小脳皮質変性を認めます。わが国での発生頻度は人口10~15万に1人とされます。

ATM遺伝子は遺伝子のサイズが大きい(150kb)ため、本症が疑われる場合にはウエスタンブロット法で検査を行います。


眼球運動失行と低アルブミン血症を伴う早発型失調症early-onset ataxia with ocular motor apraxia and hypoalubuminemiaEAOHまたはataxia-oculomotor apraxia type1 (EAOH/AOA1)

2001年に原因遺伝子APTX(aprataxin)が同定されました。アプラタキシンはDNA修復酵素(ataxia telangiectasiaに類似する点) であり、DNA修復の異常は神経系だけに関係します。発症年齢は1~20歳代(平均7歳)で、初発症状は歩行障害が多いです。眼球運動失行(首をよく振る・瞬目しないと目を動かせない)は本症を疑う重要な症候ですが、10歳代後半には目立たなくなり、代わりに眼球運動制限が進行します。緩徐進行性の小脳症状に加え、深部感覚障害と四肢の筋萎縮を主とした軸索障害型の感覚運動性ニューロパチーがしだいに高度となります(20才を過ぎると特に下肢はNCS導出不可)。不随意運動として振戦や舞踏運動、アテトーゼ、ジストニア、ミオクローヌスを合併することがあります。知能はまったく問題ない症例から、自立した社会生活ができない症例まで幅広いです。

検査所見では、20~30歳代から低アルブミン血症脂質異常症を認めます。頭部MRIでは病初期から著明な小脳萎縮を認めます。

AOA2

本症は若年発症の緩徐進行性の小脳性運動失調を中核症状とし、眼球運動失行、末梢神経障害、血清AFP高値を特徴とします(さまざまな臨床型があり、眼球運動失行や軸索型末梢神経障害もすべての症例で認めるわけではありません)。発症年齢は10~22歳(平均15.6歳)で、EAOH/AOA1よりもやや遅いです。歩行障害で初発し,徐々に遠位優位の筋萎縮・筋力低下、感覚障害、深部腱反射消失、手指・足の変形などが生じます。認知機能障害はないか、あっても軽度です。20歳代で歩行不能となりますが、生命予後は良好です。
 検査所見として血清AFPが高値を示すのが特徴ですが、ATと比べると軽度です。CKやIgGも上昇します。頭部MRIでは高度の小脳萎縮を認め、神経伝導検査および腓腹神経生検では軸索障害型ニューロパチーの所見を認めます。診断はSETX(Senataxin)遺伝子変異により確定されます。

シャルルボア-ザグネ型痙性失調症(Charlevoix-Saguenay)Autosomal recessive spastic ataxia of Charlevoix-Saguenay:ARSACS

本症はカナダ・ケベック州のシャルルヴォア・サグネ地方に多発します。発症年齢は我が国では20-30代発症が多く、歩行障害で初発します。小脳性運動失調、構音障害、眼振、腱反射充進、病的反射陽性、遠位筋の筋萎縮、下肢優位の運動感覚性ニューロパチー、手指・足の変形などがみられます。網膜の視神経乳頭辺縁から放射状に伸びる有髄神経線維の増生が特徴的所見です。40歳代までに車椅子生活となる例が多いですが、認知機能はよく保たれます。本邦では様々な臨床型があり、下肢痙縮・腱反射冗進を欠く、網膜有髄線維の増生(白い線維がみえる・光干渉断層像で引肥厚があることも)を欠く、手指・足変形(凹足・尖足)を欠く、知能低下を認めるなどの非典型例も存在します。頭部MRIで小脳虫部上部の萎縮MCPが高信号かつ肥厚)、T2強調像で橋の線状低信号、頸髄MRIで頸髄・胸髄の萎縮を認める。神経伝導検査では感覚神経優位の軸索障害型ニューロパチーの所見を認め、腓腹神経生検では高度の軸索変性と大径有髄神経の脱落を認めます。診断はSACSsacsin)遺伝子変異を同定することにより確定されます。
 
②伴性劣性遺伝形式をとるもの

fragile-X-associated tremor/ataxia syndrome(FXTAS)脆弱X関連振戦・運動失調症候群

本疾患は、X染色体上に存在するFMR1遺伝子の5’非翻訳領域のCGG(グリシン)リピート伸長により発症します。
2011年に非翻訳領域に存在するリピート領域がAUG開始コドンなしにタンパク質に翻訳されるという現象が発見され、 RAN翻訳(repeat-associated non-AUG-initiated translation)と名づけられました。RAN translationは脆弱X関連振戦・失調症候群(FXTAS)以外にも、筋強直性ジストロフィー、一部の脊髄小脳変性症、 C9orf72関連筋萎縮性側索硬化症・前頭側頭葉変性症(ALS/FTLD)などで認められ、これにより生じたRNAタンパク質が封入体として組織に存在していることが明らかとなっています。

本症は、FMR1遺伝子上のCGGの3塩基の繰り返し配列が代を経るごとに伸長するトリプレットリピート病であり、 病理組織学的には抗ユビキチン抗体で染色される(tau/α-synuclein/TDPでは染色されない)エオジン好性の核内封入体が中枢神経系・末梢神経系・一般臓器で認められます。RAN translationによる神経細胞毒性の獲得が病態のメインと考えられ、伸長CGGによるpoly glycineが生成・凝集します(イントロンから蛋白になっている)。

CGGのrepeat数が55-200のpremutation(遺伝子の前変異 中等度にリピートが伸長)のとき、成人発症50歳以上の男性(60歳前後が多い)→加齢が発症に関連/ミトコンドリア機能低下も関連?)の原因のわからない小脳失調(小脳失調性歩行障害)・振戦(動作時振戦・運動時振戦・企図振戦)・認知症が生じます。パーキンソン症状や末梢神経障害も合併することがあります。
リピート数が200を超えるとfragileX syndrome成長発達遅延・自閉症・精神遅滞・細長い顔・巨大睾丸・大耳介など)となります。
例として、祖父が孤発発症の失調を認め、その息子は症状が重症化・キャリアーの娘に不妊があり、孫が精神遅滞(full-mutationを持つ脆弱X症候群)をきたしている例などがあげられます。
CGGリピートの過剰な伸長がDNAのメチル化をもたらし(メチル化されると働かなくなる(loss of functionを起こす))FMR1遺伝子の機能が失われるとも考えられています。

頭部MRIではMCP sign(中小脳脚が高信号)が有名で、白質高信号や大脳萎縮も認めます。白質病変は髄鞘のダメージを反映していると考えられます。

投稿者

古田 夏海

群馬県高崎市「ふるた内科脳神経内科クリニック」で脳神経内科・内科の診療を行っています。

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